核情報

2002.11.18

核実験の再開をほのめかすブッシュ政権

田窪雅文 

 このところ、米国が核実験を再開するのではないかとの懸念が高まっている。ブッシュ政権が一月に議会に対してその内容を説明した「核態勢見直し(NPR)」に核実験の準備期間の短縮が盛り込まれていると報じられたからである。核戦略全般を総合的に再検討するこのNPRは、一九九四年にクリントン政権が行って以来のものだった。さらに、NPRには、新しい核兵器の開発計画が入っているのではないかとの推測もでた。これに先立つ昨年一二月には、「堅固な地中深く埋められたターゲット(HDBT)の破壊に関する議会への報告(二〇〇一年七月)」という文書(以下HDBT報告)がNGOによってマスコミに流され、HDBT用の核兵器の開発の可能性が論議を呼んでいた。
 ここでは、このような核実験再開と新型核兵器の開発を巡る議論の背景について、できるだけ関連文書を直接引用しながらまとめておきたい。
 米国は、一九九二年九月二三日にネバダ実験場で最後の核実験を行って以来、核実験のモラトリアムを続けている。また、その後、新しい核兵器の開発を行わない方針を表明している。さらに、一九九四会計年度国防歳出権限法案(一九九三年)の中に、「低威力核兵器の研究・開発の禁止」という条項がある。この条項は、「精密誘導低威力核弾頭を含め、新しい低威力の核兵器の生産に至り得る研究・開発を行わないことを米国の政策」とし、「エネルギー省は、この法案の実施時点で生産に入っていない低威力の核兵器の生産に至りうる研究・開発を実施したり、実施のための協力をしたりしてはならない。」と定めている。「この項においては、『低威力』という言葉は、五キロトン未満の威力を持つ核兵器を意味する。」(広島の原爆は一五キロトン。)また、二〇〇二年会計年度国防歳出権限法も、エネルギー省が、議会の認めていない「新しい兵器の開発計画を開始することを」禁止している。批准してないとはいえ米国は包括的核実験禁止条約(CTBT)の調印国でもある。したがって、低威力の核兵器開発のために核実験をするということになれば、このような方針をすべてひっくり返すことになる。
 「核態勢見直し(NPR)」には、なんと書いてあるのだろうか。ブッシュ政権が議会に対しNPRについて極秘説明会を開いた翌日の一月九日、J・D・クラウチ国際安全保障問題担当国防次官補が、マスコミを対象に「NPRに関する特別ブリーフィング」を実施している。その中で、核実験問題については、彼は次のように述べている。「我々は、現在の政府の政策を続ける。つまり、CTBTの批准には反対し続ける。核実験のモラトリアムは続ける。」問題は、実験をするかどうかということではなく、「核実験をする必要があるとの決定が下された場合に、[実施までに必要な期間として]どの程度の期間が適当かというものだ。・・・NPRで言っていることの一つは、実験のための準備態勢を、現在の二〜三年よりも相当いいものに改善する必要があるというものだ」。同日、ホワイトハウスでは、アリ・フライシャー報道官が、「保有核が削減されていく中で、これらの核兵器が信頼でき、安全であることを保障するために」「将来核実験を行う可能性を大統領は、排除していない。だが、現在のところ、実験の計画はない。」と述べている。だが、『ワシントンポスト』紙(二〇〇二年一月九日)は、「既存の核兵器の何らかの問題を正すということなら、どのようなタイプの実験が必要かを決めるだけで、一年かそれ以上かかる」という元エネルギー省高官の発言を紹介している。この目的のためなら、準備期間を短縮する必要はないという意味である。つまり、目的は、単なる政治的ステートメントでないとすれば、新型核兵器の開発にあるのではないかという懸念が生まれる。こちらは、設計を事前に進めておいて、ある時点で実験を決定すれば、すぐにでも実施したいということになる。
 新型核兵器の開発については、クラウチ国防次官補はつぎのようにいう。「現時点では、報告書の中には、新しい核兵器についての勧告は入っていない・・・。いくつものイニシャチブを検討しようとしているところだ。その一つは、既存の核兵器に修正を加えて、深いところにある堅固なターゲットに対する能力を高めるものだろう。また、核兵器以外の方法でこれらの問題に対処する可能性も検討している。」
 低威力の地中貫通型の核兵器の開発の必要性が議論されるようになったのは、湾岸戦争後のことである。この歴史については、冒頭に触れたHDBT報告が説明している。その内容に触れる前に、この報告書がでてきた過程を見ておこう。
 低威力の核兵器の開発を進めたいと考えた共和党の上院議員らは、二〇〇一会計年度国防歳出権限法案に「堅固で地中深く埋められたターゲットの破壊に関する報告」という条項を付け加えた。二〇〇〇年一〇月のことである。(米国の二〇〇一会計年度は、二〇〇〇年一〇月から始まる。)上下両院協議会を経て最終的に採択された同条項は、HDBTと生物兵器及び化学兵器のエージェント(生物体と化学剤)を破壊するための要件についての研究を国防長官がエネルギー省長官と協力して行うことを定めている。エネルギー省は、核兵器の研究・開発の責任を負っている。つまり、新型の核兵器の開発が必要だとの結論を引き出すのが狙いである。同条項は、国防長官が、議会に二〇〇一年七月一日までに報告書を提出することを定めている。
 実際には二〇〇一年一〇月に議会に提出されたHDBT報告は、本文二五ページと機密の付録部分からなる。報告の最後には、「国防省は、大量破壊兵器(WMD)エージェント(化学剤・病原体)破壊目的のための核兵器の必要については規定していない。」とあり、これだけ読むと、新型兵器の開発を国防省は考えていないかのようにとれる。この文書を最初に入手して分析した反核団体「社会的責任を考える医師(PSR)」のマーティン・ブチャーは、「文書自体には、HDBT及びそして化学・生物兵器エージェントの破壊にとって、核兵器が欠くことのできない要素だと言うことが随所に述べられている。国防省が、この目的のための『核兵器の必要については規定していない』としたら、そういう必要を現在規定している最中だからというにすぎない」と指摘する。
 実際、報告書にはつぎのようにある。「HDBT破壊用に新型のあるいは改良型の核兵器を設計するための進行中の計画はない。しかし、国防省とエネルギー省は、確認された軍事的使命の必要に対処するための核兵器概念・・・について検討と評価を続けている。両省は、設計の実行可能性研究とコスト研究のための適切な範囲及びオプション選定基準を定めるために、共同核計画グループを設立した。詳細は、『機密付録Aセクション3−核兵器』の中で述べてある。」
 報告書によると、HDBT破壊用の兵器に関する研究は、湾岸戦争後、国防省内で、始まり、その後、同省とエネルギー省が核兵器の必要性について研究を進めている。一九九四年に、統合戦略軍(STRATCOM)と戦闘空軍(ACC)がHDBTの破壊能力の新たな開発が必要だとの結論を出した。それ以来、HDBT破壊のために使える核兵器及び非核兵器に関する研究が進められている。その一つは、一九九七年に始められ、九九年に完成した秘密研究『サンドデューン(砂丘)』である。この研究は、以前の研究が「通常兵器による解決方法の焦点を合わせたものであり、それが、すべてのHDBTを現在の兵器や計画中の兵器では破壊できないことを明らかにしたから」実施されることになった。
 HDBT報告書は、これからの予定については、つぎのように述べている。「通常の高性能火薬兵器や現在の核兵器では攻撃できないHDBTを破壊するために既存の核兵器をどのように改良できるかについての初期的研究を終えた。」「向こう二年の間に国防省とエネルギー省が予算の決定ができるように、適切な核兵器及び通常兵器の実現可能性についての総合的な検討が進行中である。」
 近年、核兵器研究所の関係者らが、表だって新型兵器の開発の必要性を主張している。自らの雇用対策とアイデンティティをかけてのことだろう。たとえば、三つの主要核兵器研究所の一つであるロスアラモス国立研究所の核兵器研究部門の責任者スティーブン・ヤンガーは、二〇〇〇年六月に発表した『二一世紀における核兵器』という論文の中でつぎのように述べている。運搬手段の精度が高く、低威力の核兵器は、付随的な被害を減らすことができ、現在米国が保有している核兵器よりも、確信を持って、低コストで維持できる可能性がある。「将来の核戦力の役割と構成について再検討する時だ。」「五キロトンの核兵器が九メートルの厚さのミサイル・サイロのドアの上で爆発すれば、そのドアを蒸発させ、中のミサイルを壊すことができる。」ミサイルの投射重量の大きさを考えれば、このような低威力の弾頭は、広島原爆のようなガン・タイプの簡単な構造のものとすることもでき、そうすれば、丈夫で長持ちするという。
 一方、サンディア国立研究所のポール・ロビンソン所長は、『白書−−二一世紀の核兵器政策を求めて』(二〇〇一年三月)でつぎのように述べてマスコミに注目された。「私は、個人的には、予見できる将来においては、核兵器の廃絶は非現実的な夢と考えている。」「非ロシア世界に対する抑止としては、精度の高い運搬手段を伴った低威力の兵器がいいだろう。私がここで言っているのは、・・・数キロトンレベルの装置のことだ。付随的な損害を最小限に抑えることを考慮しながら、地中に埋められた、あるいは隠されたターゲットの破壊を考えるためのものだ。」ロビンソンは、水爆の起爆剤となっている原爆部分だけを使う方式にすれば核実験をしなくてもすぐに開発できると主張する。水爆部分はダミーにしてしまって、第一段階の原爆部分だけを爆発させる方式である。
 ローレンス・リバモア研究所の場合は、ジョン・フォスター元所長が「米国保有核の信頼性・安全性・保安状態を評価するパネル」で活躍している。このフォスター・パネルは、一九九八年に共和党のジョン・カイル上院議員(アリゾナ州選出)がエネルギー省の核兵器分門「国家核安全保障局(NNSA)」の効率性について検討するために議会に設置させたものである。同パネルの二〇〇一年二月一日の報告書は、実験の準備期間についてつぎのように述べている。現在の二〜三年の「準備期間を、大統領が実験実施の決定を行ってから三〜四ヶ月にまで短縮する様々なオプションをNNSAは検討すべきだというのがパネルの見解である。」
 これを受ける格好で、NNSAのゴードン局長は、二〇〇一年六月に下院軍事委員会で、準備期間を一八ヶ月に減らすための予算をつけるよう要請している。「我々は、核実験を実施するように指示された場合に、実験の準備態勢をどのように改善したらいいか内部的な検討を行っている。これは、実験をするようにという提案ではない。しかし、三年間実験ができないと言うのでは、どうも居心地が悪い。」六月二八日、同委員会はこの予算請求を拒否する決定を行った。ローレンスリバモア国立研究所のC・ブルース・ターナー現所長は、同じ頃、あるインタビューの中で、核兵器科学者達が「様々な種類の実験を様々な時間枠で行うには、何が必要か」について検討しているところだと述べている。
 保守派のアナリストらも、新型核兵器の開発の必要性を主張している。「国家公共政策研究所(NIPP)」というグループが発表した『米国核戦力及び軍備管理の原理と要件』(二〇〇一年一月)が有名である。執筆者のうちのスティーブン・ハドリーが国家安全保障担当大統領補佐官代理に、スティーブン・キャンボーンが国防長官特別補佐官に任命され話題を呼んだ。この論文は、国際的な戦略環境に対処するために「新しい[核]兵器を設計・製造する能力が必要」であり、「将来、地下の生物兵器施設のような堅固なターゲットに対する使用のために、単純で低威力の精密誘導核兵器を配備する必要がでてくるかもしれない」と述べ、単なる抑止のためではなく、使用するための核兵器について論じている。
 このような新型核兵器の推進論は、低威力の地中貫通型なら、地下司令部や生物・化学兵器貯蔵施設を攻撃しても、外に放射能が漏れず、付随的な被害を最小限に抑えられるとの前提に立っている。そして、生物・化学兵器のエージェントを無害化することもできる、というわけである。だが、プリンストン大学の物理学者ロバート・ネルソンは、「米国科学者連合(FAS)」のためにこの問題について研究を行った結果、そううまくは行かないと分析している。昨年四月半ばに発表された論文の中で、ネルソンは、「どんなミサイルも、広島に落とされた一五キロトンの原爆のわずか一%の爆発でさえ、それを閉じ込められるほど深いところまで貫通することはできない。爆発によって巨大なクレーターができそこから放射能を帯びた土がまき散らされ、きわめて強力で致死性のフォールアウトを周辺地域に降らせることになるだろう。」と述べている。地中貫通型といっても、ミサイルの先にドリルがついていて掘り進むというわけではない。先端部の形状・硬度を細工して落下の勢いで地中にめり込むというだけだから限度がある。最善の条件でも、ミサイルで貫通できるのは、三〇メートルが限度だとネルソンは、分析する。米国は、既存の核爆弾の先端を修正するかたちでB61−11という地中貫通型の核爆弾を九七年に完成させている。だが、この爆弾は、一万二〇〇〇メートルの高さから落下させても、六メートルほどの深さにまでしか潜っていかない。ネルソンは、ネバダの実験場の場合、爆発を地下に閉じ込めるためには、五キロトンの爆発の場合、約二〇〇メートル、〇・一キロトンでも、約七〇メートルの深さでなければならないことをデータが示しているという。そして、B−61は、もともと威力を〇・三キロトンから三〇〇キロトンまで調節できるものだが、最低の威力の爆発でも、大量の放射性の降下物を付近にまき散らすことになるとネルソンは結論づけている。(前述のHDBT報告書は、このB61−11に言及していると見られる箇所で、この地中貫通型核兵器の低威力のバージョンは、その性能が認定されていないと述べている。この爆弾を認定作業をするのが一つの選択肢となる可能性がある。)
エネルギー省の二〇〇三年度予算要求関連文書は、「頑丈な地中貫通型核兵器」の第六・二及び六・二A段階の研究は、この予算に入っていると述べている。一方、実験準備態勢については、NPRにしたがって〇二年度予算の中で研究が進められており、その結論によって具体的な政策変更が決定されるまでの措置として、「〇三年度予算には、その変更を〇三年度に実施し始めるために、一五〇〇万ドルが計上されている。」という。〇二年度の同じ項目の予算は九〇〇万ドルだった。研究完了の時期は不明である。また、「未臨界実験は、二つの目的に役立つ。実験データの提供と、核実験関係従業員の技能の演習である。」と述べているのが注目される。
 軍部は必ずしも、新型核兵器の開発を望んでいるわけではない。核問題の専門誌『ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ』誌の発行人スティーブン・シュウォーツは同誌(二〇〇一年七/八月号)の記事の中で、つぎのように指摘している。「これまでのところほとんど沈黙を守っているのが軍部だ。」彼らは、核兵器は「最後の手段であって、軍事的有用性はほとんどあるいは全くないと理解している。」「統合戦略軍と海軍の戦略潜水艦関係者の一部を除き、軍部の中で、新しい使命のための核兵器を開発することについて関心を表明したものはほとんどいない。」
 問題は、少数の保守派の論客や核兵器研究所の科学者、軍部の一部などの声を抑える強力な抵抗勢力を形成できるかどうかである。民主党のエドワード・マーキー下院議員(マサチューセッツ)は、「九月一一日の出来事、そして、反テロの強力なコーリションを維持する必要を考え」「反テロの戦争における私たちの国際的パートナーに対し、はっきりとした不拡散のメッセージを送るべき時」だとし、大統領に新型核兵器の開発や核実験の再開をしないように訴える書簡を起草している。書簡には、一月二四日時点で二八人の下院議員の署名が集まっている。署名議員の数を増やすためのNGOの活動の中心的な役割を果たしているのは、クウェーカー系のロビー団体「フレンズ国法委員会(FCNL)」である。FCNLは、ブッシュ政権内には、新型核兵器や核実験の再開について意見が分かれており、議員からの働きかけが重要だとして、上の署名集めに協力するよう市民に呼びかけている。日本からの声も、必要だろう。

出典: 軍縮問題資料(2002年4月号)


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