米英軍によるイラク攻撃の開始を控えて、サダム・フセインが宮殿の地下施設に隠れた場合、米国は地中貫通型低威力核兵器で攻撃することになるかもしれないなどと言うことが一部でまことしやかに議論されましたが、フセインは、地下の穴蔵に隠れているところを捕らえられてしまいました。元々、地中深く潜って地下施設を破壊し、外部に放射能をばらまかない小型核なんて「便利な」ものを米国は持っていません。一方、12月になって、核兵器の「より高い精度、深いところへの貫通力、放射能の大幅な低下」を目指すべきだとする報告書ドラフトを米国国防科学委員会が夏に作成していたことや、エネルギー省の核兵器開発責任者が、3つの研究所の所長に低威力核兵器に関する秘密メモを12月初めに送ったことなどが報道され、どの程度研究・開発が進んでいるのか混乱しがちです。11月にブッシュ大統領が署名した予算で実際に何が認められたのかを簡単にまとめてみました。
これらの問題に関する最新情報は、米国国会図書館「議会調査サービス(CRS)」の報告書『核兵器イニシアチブ:低威力研究・開発、先端概念、地中貫通型兵器、実験準備態勢』(原文pdf版 2003年12月11日更新)にあります。(なおこのサイトの中では、「地中貫通型核兵器・小型核・核実験準備態勢基礎情報」「米国上院軍事委員会、低威力核兵器研究・開発禁止条項を破棄」などの関連するページがあります。ここでいう小型核というのは、威力が小さいということで、寸法が小さいという意味ではありません。)
2004年度 核兵器用歳出予算法に入れられた項目
ブッシュ政権は、2001年末付けの『核態勢の見直し』で出した方針にそって、新たな脅威に対応するためとして新型核の開発及び既存の核兵器改善用の予算を要求していました。ブッシュ大統領が2003年11月24日に署名したエネルギー省の2004年度(03年10月から)核兵器用歳出予算法(総額62億7000万ドル)にはつぎの項目が入っています(注)。(参考:「アームズ・コントロール・トゥデー2003年12月号─原文)
- 1)堅固な地中貫通型核兵器 750万ドル (要求は1500万ドル)
- 2)先端概念イニシアチブ 600万ドル (うち400万ドルは、保有核の削減計画の詳細な報告書を政府が出すまでお預け)
- 3)核実験準備態勢の向上 2490万ドル (現在、核実験実施の命令が大統領から出てから実施まで2-3年かかる準備期間を18ヶ月に短縮するためのもの)
- 4)「最新型ピット生産施設(MPF)」設計作業 1080万ドル (要求は2280万ドル ピットは、プルトニウムからなる芯の部分。2018年に年間450−900個の製造能力を持つことを目指す。)
1)は、威力数百キロトンレベルの既存の核爆弾の外殻部分を重くて先のとがったものにすることによって地下に潜る能力を与えるためのフィージビリティー(実現可能性)研究で3年計画の2年目です。実際の開発段階に入るものではありません。また、低威力を目指すものではありません。
地下深く潜らせたい理由は二つあります。一つは、同じ規模の爆発なら、少しでも地中に潜った方が地下施設に与える衝撃が大きくなるからです。もう一つは、威力の小さな核兵器が地下の非常に深いところにある生物・化学兵器施設まで潜っていって爆発すれば、これらの兵器を放射線と熱によって無力化すると同時に、これらの兵器の材料や核爆発の放射能が外に漏れなくてすむこと可能性があるからです。
現在ある地中貫通型兵器B61-11は、コンクリートや岩だと6メートル程度しか潜りません。貫通と言うより突き刺さる程度です。現実的な物理的限度は、爆弾の長さの4倍程度、つまり3メートルの長さのものの場合、12メートル程度だから、放射能を地下に閉じこめたままにできるようなものは開発のしようがないとする論文が発表されています。(*参照)12メートルだけ潜って爆発すれば、広島の場合のように上空で爆発した場合よりずっと「効果的に」放射能を付近にばらまくことになります。
1)の計画は低威力を目指さないということから言って、破壊力の方に力点が置かれたものだろうとの見方があります。
いずれにしても、新しい地中貫通型の核兵器が完成間近というわけでは決してありません。
2)先端概念イニシアチブ(Advanced Conceps Initiative=ACI)という言葉は、1)を含める場合もあります。ACIは、現在存在しないものについていろいろ考えて研究してみるというものです。政府は、1)1500万ドル、2)600万ドル、合計2100万ドルをACI用として要求していました。2)は、1)以外のACIということになります。2004年度国防歳出権限法で、1994年国防歳出権限法にあった5キロトン(広島の約3分の1)未満の核兵器の開発禁止の条項(スプラット・ファース条項)を廃棄してしまいました。それで、2)の中には、低威力(5キロトン未満)のものについての研究も含まれ得ますが、2)でやるのはそれだけではありません。また、スプラット・ファース条項を廃棄したセクション3116は、この廃棄は「低威力核兵器の実験・獲得・配備の権限を与えたものと解釈してはならない」としています。そして、低威力兵器の作業のエンジニアリング開発段階に着手するには、議会から明確な許可を得なければなないことになっています。つまり認められたのは、概念研究、フィージビリティー・スタディー、コスト研究までです。(参考:核兵器の開発段階とは) ですから、低威力の核兵器の開発が進行しているというのは誤解で、ましてや配備間近ということでは決してありません。
ただし、米国には、5キロトンあるいはそれ以下に威力の大きさを「ダイヤル調節」できる巡航ミサイル用や戦術核爆弾用の弾頭が多数あります。だから、その意味では米国はすでに低威力核兵器を保有しているのです。低威力の核というのは新しいものでも何でもないというのは、サンディア国立研究所の幹部だったB・ピューリフォイです。
ピューリフォイはつぎのように述べています。
「どんな大きさの威力が必要か言ってくれれば、現在ある在庫の中からそれを提供できる。」「中国やロシア、あるいは他のどんな相手であれ、われわれが何か不利な状態にあるという現在の議論は理解できない。今日、[現在の核兵器で]なんだってできる、核実験なんかしないで。」
オークランド・トリビューン紙2003年12月11日(原文)。
実は、前述のB61ー11の元となったB61ー7もダイヤル調節できるものですが、『核態勢の見直し』によると、B61-11は低威力での認証はされていないとのことです。たとえ、認証されていても、6メートルだけ潜って低威力で爆発させると、地下の深いところの施設には影響がないが、放射能だけは大量にばらまくということになってしまいます。
項目1)と2)を混同して、地中貫通型低威力核兵器の開発が進んでいると考えるのは誤解です。繰り返しになりますが、もう一度整理しておきましょう。
- 1)B61及びB83という数百キロトン以上のレベルの核爆弾を地中貫通型にすることについてフィージビリティー・スタディーを行うことを許可したもので、この研究が終わった後実際に開発するかどうかを決めることになります。低威力とは関係のない計画です。
- 2)新しい核兵器について考えるもの。2004年度国防歳出権限法で低威力(5キロトン以下)の核兵器の製造に至る可能性のあるものも検討してもいいことになったので、実施されるさまざまな研究の中に低威力のものが含まれる可能性が出てきたということです。
冒頭で触れたリークされた二つの文書はつぎのものです。
- 1)国防科学委員会(Defense Science Board)報告書「将来の戦略攻撃戦力」ドラフト。
ジェインズ・ディフェンス・ウィークリーが報じた後、オークランド・トリビューン紙(2003年10月23日─原文)が報道しました。この報告書ドラフトは、2003年夏の研究をまとめたもので、2004年1月に発表予定です。
ドラフトにはつぎのようにあると報道されています。
今日の米国の所有核兵器は、「将来の国家安全保障にとって適切ではない」。現在の計画は、現実との「関連性が低下し老化が進むストックを維持するために、入手可能なすべてのリソースを注ぎ込むもの」で、問題である。潜在的敵に対する脅しとして、信憑性のあるものにするために、以前の実験済みの核兵器を蘇らせて修正を加え、「より高い精度、深いところへの貫通力、放射能の大幅な低下」を獲得することが重要である。
核電磁パルス強化兵器、中性子爆弾などを持つべできである。
国防省の現在の体制は、「(新しい兵器)の明確な必要を提示していないし、核兵器のストックに変更を加えるべきだとする説得力のある議論を提供していない」。
(つまり軍部は、新しい核兵器が必要だと言っていないということになります。)
参考:米国防総省:小型核弾頭の導入を勧告 諮問機関 (毎日新聞12月11日)
- 2)リントン・ブルックス国家核安全保障局長メモランダム(2003年12月5日付け─英文 pdf)
For: ロスアラモス国立研究所ピート・ナニョス所長
ローレンス・リバモア国立研究所マイケル・アナスタシオ所長
サンディア国立研究所ポール・ロビンソン所長
From:リントン・ブルックス局長
主題:2004年度国防歳出権限法
2003年11月24日、ブッシュ大統領は、2004年度国防歳出権限法に署名した。同法のセクション3116は、エネルギー省長官に対し、新しい低威力の核兵器の生産に至りうる研究・開発を行うことを禁止した1994年の法律(「精密低威力核兵器設計(PLYWD)」規制条項=公法103-160)を廃棄した。政府がこの規制を取り除こうとしたのは、それが核兵器の研究・開発に与えてきた背筋の寒くなるような影響のためである。
政府を代表して、貴殿と貴殿のスタッフに対し、この重大な取り組みを支持してくれたことに感謝したい。われわれは、いまや、新しい、あるいは、登場してくる脅威を抑止したり、それに対応したりするわれわれの能力を強化するさまざまな技術的オプションを−−アイデアによっては、曖昧で恣意的な規制に違反するのではないかと心配することなく−−自由に探求することができる。(もちろん、核兵器−−低威力であろうとなかろうと−−の実験・取得・配備、あるいは、兵器の工学的開発及びその後の段階の開始は、議会による許可を必要とする。)
この線に沿って、貴殿の設計チームが国防省と十分に協力して、我が国の安全保障に貢献しうる先端概念advanced conceptsを検討することを期待する。このような研究の潜在的重要性を持つ分野としては、たとえば、生物・化学兵器剤の破壊や付随的被害の減少などがある。
さらに、この機会を捕らえて、考え得る原子力の軍事的利用についての理解の面で、この10年間で生じてしまったかもしれないギャップを確実に埋めるように務めなければならない。他国が新奇な核兵器概念を開発して、それがわれわれにとって技術的驚きとして訪れるようなことがあっては決してならない。
核兵器の研究・開発のPLYWD規制の廃棄は、一つには、21世紀の安全保障の必要を満たすために政府が「核態勢の見直し」で行った勧告に従って核兵器のストックに対処しようとするわれわれの取り組みを議会が承認したことを意味する。われわれは、この機会を活用し損ねるようなことがあってはならない。参考:
- アームズ・コントロール・トゥデーによるブルックス局長のインタビュー記事─原文(インタビューは、2003年12月2日)
- 実用化の可能性追求を 小型核で米当局が指示─共同電12月12日(yahoo)
- <小型核兵器>米安保管理局が3施設に研究再開を指示─毎日新聞記事12月13日
注:米国の予算審議過程では、歳出権限法authorization actで大枠の方針・政策を示し、歳出予算法appropirations
actで実際の金額を付けます。核兵器に関しては、国防国防歳出権限法で方針・政策を示します。核兵器の研究・開発・維持をするのはエネルギー省の国家核安全保障局National
Nuclear Security Adminstrationですから、実際の予算を付けるのは、エネルギー省の予算を決める「エネルギー・水歳出予算法」です。こちらで予算が付いてなければ、お金はでません。