2010年核不拡散条約(NPT)再検討会議に向け
昨年12月に就任したオーストラリアのラッド首相が、6月9日、京都大学での講演で、「核不拡散及び軍縮に関する国際委員会」の設立を提案しました。8日からの5日間の訪日の最初の訪問地に広島を選んだ首相は、9日朝、平和祈念公園を訪問。講演では、「この委員会の仕事への参加について日本と協議することを楽しみにしている」と述べました。
オーストラリア側の共同議長は、ギャレス・エバンズ元外相が務めることになっています。エバンズ元外相は、核廃絶に向けた措置を示す報告書を出した「核兵器廃絶に関するキャンベラ委員会」を1995年に組織した人物です。
京都での講演でラッド首相は、1998年に「核不拡散・核軍縮に関する東京フォーラム」を組織した日本とキャンベラ委員会の主催国オーストラリアが協力することを訴えました。
「国際委員会」は、これらの専門家グループがそれぞれ1996年と1999年に出した報告書を検討し、2009年末に開かれるオーストラリア主催の国際会議に報告書を出すというアイデアです。これは、2010年「核不拡散条約(NPT)」再検討会議を成功に導くことを意図してのものです。
ラッド首相は、京都での講演で、「この10年間、世界は、核兵器に十分な注意を払ってこかなった」と述べ、米国のシュルツ、キッシンジャー元国務長官らの『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙(2008年1月15日)への投稿の次の文章を引用して行動を呼びかけています。
急速化する核兵器、核のノウハウ、そして核物資の拡散の結果、我々は核の劇的変化を目前にしている。・・・我々が現在これらの脅威に対処するために講じている措置は、存在する危険から言って十分なのものではない
以下、外務省による両首相の会談概要と日豪共同ステートメントの関連部分の抜粋と、ラッド首相の京都大学での講演の関連部分の粗訳を載せました。
M.T.
○日豪首脳会談(概要)平成20年6月12日(外務省)
福田総理は、ラッド首相の軍縮・不拡散に関する国際委員会設立の提案を歓迎。両首脳は、核兵器不拡散条約(NPT)体制の維持・強化を含めこの分野で引き続き協力していくことを確認した。
○日豪共同ステートメント「包括的かつ戦略的な安全保障・経済パートナーシップ」
(軍縮・不拡散)
- 両首脳は国際的な軍縮・核不拡散体制を強化する決意を新たにした。両首脳は、2010年NPT運用検討会議の成功を達成するために、核軍縮・不拡 散に関するハイレベル専門家対話の立ち上げに向けた二国間のイニシアティブの開始等を通じて、引き続き緊密に連携していくこととした。この文脈で、日本側 は、6月9日に京都においてラッド首相が提案した核不拡散及び軍縮に関する国際委員会の設立について歓迎した。
- 両首脳は、ロシア連邦の極東地域における退役原潜解体も含め、ロシア連邦の非核化の分野において協力していくことの重要性を確認した。
○よりよい世界を共同して築く (原文) 京都大学でのスピーチ 2008年6月9日
- オーストラリア大使館による全訳が同大使館サイトに載りました。
抜粋訳
今日お話ししたいのは、私たちが直面している課題について、そして、オーストラリアと日本が、どのように協力してそれらに対処できるかについてです。
核兵器、気候変動、食料、エネルギー安全保障のような課題、そして、私たちの地域の将来の制度的構造です。
この10年間、世界は、核兵器に十分な注意を払ってきませんでした。
私たちが直面しなければならない核状況がいくつかありました――北朝鮮の核計画、そして、それがこの地域にもたらしている危険、そして継続するイランの核の野望などです。
そして、兵器の拡散の脅威に対処するための新しい方法についていろいろ考えられてきました。
オーストラリアと日本は、ともに「拡散安全保障イニシアチブ(PSI)」の創設メンバーでした。
そして、オーストラリアと日本は、「原子力供給国グループ(NSG)」において輸出規制に関して密接に協力しています。
これらは、核兵器廃絶のための世界的努力の要――とりわけ、「核不拡散条約(NPT)」――を支えるのに役立ちます。
しかし、冷戦の真っ最中におけるのと同じような形ででは、核兵器の危険に対して関心を集中してきませんでした。
ある意味ではこれは理解のできることでした。核兵器の量は、1980年代のピークから比べると相当減っています。
二つの核大国――我々両国の同盟国米国とロシア――が交渉で締結した一連の条約の結果、核兵器の数が削減されています。
そして、南アフリカとウクライナは、核兵器の所有に至った国が核兵器を廃棄できることを示しました。
私たちは、もはや、二つの超大国の間の核戦争の恐怖に毎日怯えながら住むことはなくなりました。
しかし核兵器は残っています。
新しい国々が核兵器を追求し続けています。
私たちの地域のいくつかの国々は、その既存の能力を拡大しつつあります。
広島は、これらの兵器の恐ろしい力を想起させます。
広島のことを思えば、私たちは、核兵器の拡散の継続を止めるために、再び、警戒を怠らないようにしなければなりません。
そして、私たちは、核兵器のない世界という究極の目標を目指さなければなりません。
世界的な核軍縮努力の要は、核不拡散条約(NPT)です。
NPTは、核兵器の存在という事実に根差す条約ですが、その最終的廃絶を確固たる目標とした条約です。
NPTは、どのような歴史的物差しによっても、核兵器の拡散を止めるのに役立った条約といえます――とりわけ、この条約の交渉が行われていた1960年代に各国を拡散の方向に向かわせようとしていた圧力のことを考えればそうです。
しかし、40年後の今、条約は大きな圧力にさらされています。
条約の枠外で核兵器を開発した国があります。
北朝鮮のように、国際社会の声を無視し、条約を脱退したと述べている国もあります。
イランのようにIAEA――条約に力を与える役目を持っている機関――の声を無視し続けることによって条約の内容を無視している国もあります。
国際社会にとって二つの道があります。NPTが崩壊するに任せるか、NPTを復活させこれを守るためにあらゆる世界的努力を行うかです。
オーストラリアは、断固、条約を支持します。
困難が待ち構えているのは間違いありません。
しかし、日本とオーストラリアが力を合わせれば、拡散に関する世界的な議論において違いが出てくると思います。
両国は、特別な資格を持っています。
日本は、今も、核兵器の影響を経験した唯一の国です。
日本は、今日、大きな原子力産業を持っています。
オーストラリアは、世界最大の既知のウラン資源を持っています。
ですから、私たちは、各国がこの議論に持ち込む懸念について理解することができます。
そして私たちは、NPTが重要だとの見解を共有しています。
オーストラリアと日本は、どちらも、「国際原子力機関(IAEA)」に対する強い支持もあって、核不拡散にコミットしている国と認識されています。
日本は、十年以上にわたって、毎年、核軍縮に関する国連決議を提出してきました。
オーストラリアは、毎年、この決議を共同提出することを誇りにしています。
我が国は、単にそれに賛成票を投じる以上のことをしています。
我が国は、日本とともに決議案を国際社会に提示し、共同でその支持を求めます。
オーストラリア自身も、軍備管理・軍縮の分野で、この四半世紀、確固たる国際的実績を積んできました。例えば、オーストラリア・グループの設立、化学兵器禁止条約をめぐる国連での活動、同条約に元署名国して署名したこと、そして、包括的核実験禁止条約をめぐる行動などがあります。
オーストラリアと日本は、核兵器の長期的な課題についての世界的な思考の先頭に立ってきました。
オーストラリアは、1990年代に、「核兵器廃絶に関するキャンベラ委員会」を設立しました。
日本は、1990年代末に、「核不拡散・核軍縮に関する東京フォーラム」を設立しました。
これらの二つの機関は、核兵器に関する国際社会の努力における基準となった報告書を生み出しました。
そこで検討された問題を新たに検討し、そこで到達した結論を再考する時に来ていると思います。
NPT再検討会議が2010年に開かれます。
これは、条約加盟国が5年ごとに開く会議で、条約の目的に照らして進展を評価し、その条項をどのように強化することができるかを検討するものです。
ヘンリー・キッシンジャー元米国国務長官は、2007年に核不拡散は、世界が今日直面している最重要課題だと述べました。
ですから、再検討会議の前に、条約をどのようにして支持するか、どのように私たちの目標に向かって進むかについて、真剣に考えてみる必要があります。
私は、今日、ギャレス・エバンズ元オーストラリア外相を共同議長として、「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」の設立を提案することを発表します。
委員会は、キャンベラ委員会と東京フォーラムの報告書を再検討します。現在どこまで到達しており、どれだけの仕事が残っているかを検討し、そして、将来の行動計画を作成するためです。
委員会は、その結果を2009年末にオーストラリア主催で開かれる大きな国際専門家会議に報告することになります。
この委員会の仕事への参加について日本と協議することを楽しみにしています。
オーストラリアと日本は、また、この極めて重要な国際的議論を進めるため、「核不拡散・核軍縮に関するハイレベル対話」を設立することで合意しています。
委員会とそれに続く会議は、2010年のNPT再検討会議に向けての準備になるよう意図されています。
私たちは、再検討会議がまた進展なく終わるのを――あるいは、悪くすれば、崩壊し始めるのを――手をこまねいて見ているわけにはいきません。
NPTは、そんなことを許すにはあまりにも重要です。
核不拡散の目標はあまりにも重要です。
これらのさらなる努力をもってしても、成功の保証はありません。
しかし、だからと言って、あらゆる外交的努力をするのをやめてはなりません。
これは、戦略的政策におけるユニークな経験を持っている人々が共有している考え方です。
米国では、ジョージ・シュルツ及びヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ウイリアム・ペリー元国防長官、それにサム・ナン元上院軍事委員会委員長が1月に『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙でこう言っています。
「急速化する核兵器、核のノウハウ、そして核物資の拡散の結果、我々は核の劇的変化を目前にしている。・・・我々が現在これらの脅威に対処するために講じている措置は、存在する危険から言って十分なのものではない。」
ここでの私たちの議論に関連したことですが、この著名な米国人グループは、将来に向けた措置を提案しています。
彼らは、私たちは、次のようなことをすべきだと言っています。
- NPTの遵守の監視手段を強化する――これはすべてのNPT加盟国に対して、IAEAの作成した監視条項を採択するよう義務付けることによって達成できる。
- 原子力への関心が高まっていることに鑑み、核燃料サイクルを管理する国際的システムを作る。
- 「包括的核実験禁止条約(CTBT)」を発効させるためのプロセスを採用する。
新しいアプローチをとるときです。NPTとIAEAの再強化はその決定的に重要な要素となります。