核情報

1999.9

なぜ、いま核の先制不使用宣言か

田窪雅文 『世界』1999年9月号

4月末の北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に向けた新戦略概念の作成作業が注目を集めた。旧戦略概念は、1991年11月に発表されたものであり、今回の見直し作業は旧ソ連崩壊後初めてのものだった。この戦略概念の中の核戦略をめぐる部分について、これまで通りとするか、核の先制使用のオプションも含め根本的に見直すべきかという点をめぐって、NATO内部で議論が巻き起こったのである。

NATOは、1950年代初め以来、核の先制使用のオプションを維持してきた。NATOの方針は、圧倒的優位を誇るとみなされていた旧ソ連・ワルシャワ条約機構(WTO)の通常兵力による進攻に対し、核兵器による対処の可能性を示すことによって、ヨーロッパへの進攻を抑止するというものだった。

先制使用とは、核兵器による攻撃を受けていないのに核を使用することで、先行使用、第一使用とも訳される。これに対して、第一撃は、敵の核戦力全体に一斉に攻撃を仕掛けて、報復ができないようにしようというもので、先制攻撃とも呼ばれる。先制使用は、少数の戦術核だけの使用を含むが、先制使用をしないということは、第一撃もないということを意味する。現在「核保有国五カ国」の中で、先制不使用宣言をしているのは中国だけである。旧ソ連は、1982年6月に先制不使用宣言をしていたが、ロシアは、93年11月、NATOに対する通常兵器の劣勢を理由に先制不使用宣言を撤回してしまった。

日本政府は、日米安全保障条約の下での日本の防衛に関して、先制使用のオプション維持を望んでいることを明らかにしている。日本政府のいう核抑止とは、一般の人々の間にあるイメージとは異なり、日本が核兵器で攻撃を受けた場合には米国の核兵器による報復があることを「敵」に知らせておいて、核攻撃を未然に防ぐということだけではないのである。

NATOや日本のとるこの先制使用オプション維持の方針が、冷戦が終わり、旧ソ連もWTOもなくなったいま必要だろうか。クリントン大統領の軍縮担当特別代表を務め、1995年の核拡散防止条約(NPT)再検討・延長会議で無期限延長を実現するために重要な役割を果たしたトーマス・グレアムは、『クリスチャン・サイエンス・モニター』紙でNATOの核戦略についてつぎのように述べている。「史上最強の通常兵器の軍事同盟が、防衛のために核兵器を先に使うことを必要とし続けているとすれば、どのような原則に基づいて、イラン、エジプト、北朝鮮などの国々にこれらの兵器を持たないようにいうことができるだろうか。」以下、先制不使用問題をめぐるNATO諸国の間の議論、国連での動きなどを見た後、日本にとってこの問題が何を意味するかを検討してみたい。

維持されたNATOの核戦略

冷戦の終焉と共に、ヨーロッパ配備のNATOの核兵器の数は減少してはいる。1950年代から核砲弾、核爆弾、短距離ミサイル、核地雷など米国のさまざまな核兵器のヨーロッパ配備が進められ、60年代には、その数は最高で7200発に達したが、現在では、核爆弾(B61)が残されるだけとなっている。最高で合計180発と見られるこれらの核爆弾は、ベルギー、ドイツ、ギリシャ、イタリア、オランダ、トルコに配備されており、これら六カ国のパイロットたちは平時から投下訓練を受けている。戦時となれば、これらのパイロットに投下が委ねられる可能性がある。これに、英国のトライデント潜水艦用の200発ほどの核弾頭の一部が戦時には必要に応じてNATOに提供されることになっている。フランスは、ドゴール大統領が核戦略の独自性を主張して、1966年にNATOの軍事機構から脱退して以来、公式にはNATOの核戦力に関わっていない。

このようにヨーロッパでの配備数は減っているとはいうものの、冷戦終焉後の1991年11月7〜8日のローマ首脳会議で合意されたNATOの最新の戦略概念は、先制使用のオプションを維持するものになっていた。侵略を受けた場合に連合国側がどのような反応をするかについて「不確実性を保証」するのが侵略を未然に防ぐのに肝要だとするものである。この翌月には「侵略国」であるはずの旧ソ連が崩壊してしまったから、この戦略概念は発表と同時に時代遅れとなってしまった。

NATOは、1997年5月のロシアとの基本合意の中で、「ヨーロッパの新しい安全保障の状況と課題に完全に合致したものにするためにNATOの戦略概念を検討する」と約束した。そして、その新戦略概念は、NATO50周年を記念して4月23〜25日にワシントンDCで開催予定の首脳会議で発表されることになった。ドイツとカナダは、この改訂作業の中で、先制使用のオプションも含め、核戦略をも検討すべきだと主張した。これに対し、米国は、核戦略はそのままにして、むしろNATO域外での活動を拡大し、できればその活動を国連の承認なしで行えるようにすることを望んだ。ユーゴでの空爆のようなことを容易に実施できるようにするためである。

ドイツのフィッシャー外相(緑の党)は、『シュピーゲル』誌(11月21日号)のインタビュー記事の中でNATOが先制不使用の方針を採用することを提唱し、「われわれは、ドイツが独自の道を歩んでいるとの印象を与えない形で、この問題を同盟のなかでオープンに議論しなければならない」と主張した。また、そのことをNATOのソラナ事務総長に伝えたとも述べている。昨年9月の総選挙の結果成立したドイツの社会民主党(SPD)と緑の党との連立政権が10月20日に交わした50ページの合意文書の中に「NATOの核兵器の警戒態勢のレベルを下げるため、また、核兵器の先制使用の放棄のためにキャンペーンを行う」とあったから、ある程度予測された行動だったが、波紋を呼んだ。

米国のコーエン国防長官は11月23日、先制使用のオプションの維持を主張してつぎのように応じた。「核兵器の使用の問題に関するあいまいさがわれわれ自身の安全保障に貢献していると考える。化学・生物兵器を使う可能性のあるいかなる潜在的な敵も、われわれの対応がどんなものになるか確信が持てないからだ。」国防長官のこの発言は、米国がNPTの無期限延長に先立つ1995年4月に行った宣言に矛盾するものである。米国は、非核保有国が米国や同盟国に対する攻撃を行っても、それが「核兵器国と連携し又は同盟して」なされる場合を除き、核兵器を使用しないと約束しているのである。だが、米国の高官はこのような矛盾する発言を再三意図的に行ってあいまいさを維持している。

カナダのアクスワージー外相は、12月8日、NATOの外相会議で、核兵器を獲得しようとするものにとって「自己の正当化に役立つ議論をわれわれ自身が提供してしまうことのないようにしなければならない」と警告した。先制使用のオプションがNATOの安全保障にとってそれほど大切なものなら他の国にとっても必要だということになるからである。外相はまた、「カナダ人の70%以上がNATOを、そしてカナダのそれへの加盟を支持しているが、93%がカナダ及びその同盟国が核兵器の廃絶のために指導的役割を果たすことを期待している」と述べて、カナダの立場は反NATOではないことを強調した。カナダの与党自由党は、93年と99年の選挙公約において、核廃絶のために精力的に活動することを約束しているから、外相の発言は公約に則ったものである。

一方、英国のクック外相は、8日の記者会見で、英国は98年7月発表の「『戦略防衛見直し(SDR)』において現在のNATOの核態勢に対するコミットメントを確認した。この態勢を変更する必要はまったくないと考える。」と米国と同じ態度を表明した。実は、英国労働党は、1996年の選挙前の公約では、政権を獲得すれば、「交渉による核保有国間の先制不使用の約束、国際的な法的拘束力を持つ条約の形での非核保有国に対する安全保障の強化」を達成するために努力すると約束していた。労働党の態度の変化は、革新的な野党が政権党になった場合には公約を無視して保守化しがちだという一般的傾向の現れであると同時に、NATOの核保有国にとって先制使用のオプションが戦略の中核をなすものであることを示す例ともいえる。

だが、核保有国の専門家らの中にも先制不使用策を支持するものは少なくない。たとえば、リー・バトラー退役大将がその一人である。バトラーは、1991年から92年まで米国戦略空軍の、続いて94年まで米国戦略軍全体の核戦力を統括する総司令官を務めた人物である。彼は、12月4日、フィッシャー外相に、核戦略の見直し要求を支持する書簡を送り、連帯の意を表している。「最終的に私は、冷戦中の先制使用政策の有用性がどうであったにせよ、新しい世界的安全保障環境の下ではまったく不適当だとの結論に達しました。それどころか、それは不拡散の目標にとって逆効果であり、民主的社会の価値観に真っ向から対立するものです。」また、12月10日には、同様の書簡をNATO諸国の国防大臣に送っている。一方、冒頭に引用したグレアム元大統領特別代表も、NATO各国の首脳に宛てた11月2日付けの書簡の中で、先制不使用宣言を呼びかけた。

だが、米国の強い抵抗からも予想されたとおり、今回の戦略概念の中に先制不使用宣言は入らなかった。NATOの方針はコンセンサスによるため、大きな変化はむずかしい。だが妥協案として、軍縮・信頼醸成などに関する検討プロセスについて12月までに案が出されることになった。これがどれほどの意味を持つかは現段階では不明である。

新アジェンダ連合の取り組み

だが、米国の同盟国の間に核についての考え方に変化が生じていることは確かである。その一つの兆しは、昨年の国連総会に出された『核のない世界に向けて−−新しいアジェンダの必要』という決議案の投票結果にも見られた。英米仏三カ国が反対したこの決議案に、トルコを除く他のNATO諸国が棄権票を投じたのである。

決議案の基礎となったのは、昨年6月9日に、ブラジル、エジプト、アイルランド、メキシコ、ニュージーランド、スロベニア、南アフリカ、スウェーデンの8カ国(新アジェンダ連合)が出した同名の宣言である。宣言は、次ぎのように述べている。「われわれは、『核兵器を永遠に保持しながら、偶発的なかたちでも決定によっても核兵器が使われないようにすることができるとの主張は信じられない。唯一の完全な防衛は、核兵器の廃絶と、核兵器が二度と作られないとの保証である。』とするキャンベラ委員会の委員らの結論にまったく同意する。」(「核廃絶に関するキャンベラ委員会」はオーストラリア政府の主催したもので、1996年8月14日に報告書を発表。委員の中には、バトラーや、ケネディー・ジョンソン両政権下で核戦略の策定に当たったマクナマラ元国防長官、英国の国防参謀長を務めたカーバー卿などの元軍部関係者も入っていた。)

宣言は、核保有国と三つの「核兵器能力を持つ国々」(インド、パキスタン、イスラエル)に対し、それぞれの核兵器と核兵器能力の廃絶に取り組むことを約束し、直ちに具体的措置についての作業を進めると同時に、核廃絶に向けた交渉にとりかかるよう呼びかけている。具体的措置の一つとして第14項で、「核保有国の間での先制不使用の共同の約束、非核兵器国に対する核兵器の使用及び使用の威嚇をしないこと(いわゆる消極的安全保障)に関して、法的拘束力のある文書を作成すべきだ」と述べている。日本が宣言に加わらなかったの理由の一つが、第14項であったことを外務省は明らかにしている。

新アジェンダ連合の宣言のきっかけとなったのは、対人地雷全面禁止条約の交渉だった。オワタプロセスと呼ばれるこの交渉過程で中心的な役割を果たした国々の中にアイルランド、ニュージーランド、南アフリカが入っていた。1997年9月オスロでの最終的交渉の際、これら三カ国の外交官らがこの協力関係を核軍縮の分野でも活かすことを思いつき、同年12月にニューヨークで改めて話し合った結果、宣言案を作ることにした。

核保有国が国連やジュネーブ軍縮会議(CD)でまともに核軍縮に取り組もうとしてこなかったのは、核保有国が真剣な考慮を迫られるような具体的な提案が出されていなかったからだと外交官らは考えた。核軍縮に関してここ数年繰り返し国連総会で出されている「急進的な」ミャンマー案ときわめて穏健的な日本案では、状況の進展は期待できない。このような状況を打破しようとして出されたのが宣言である。

ミャンマーは、1997年にも、「限定した時間枠」の中で核廃絶を達成するために核兵器禁止条約の交渉を98年に開始することを要求する決議案を提案していた。日本の究極的核廃絶案は、すべての国にNPTを遵守することを、また、核保有国には究極的核廃絶を念頭に決意を持って核削減に取り組むことを呼びかけるものだった。98年にこれらと同様のものが出ても、ミャンマー案ではNATO諸国が反対するし、日本案だと核保有国も含めてほとんどの国が賛成するが、核保有国は何もしなくてすむと考えられた。

97年のマレーシア決議案は、「厳格かつ効果的な国際的管理の下でのすべての面における核軍縮に至る交渉を誠実に行いこれを締結に導く」義務が各国にあるとする96年7月の国際司法裁判所の勧告的意見を受けて、核兵器禁止条約の多国間交渉を98年中に始めて「早期に」締結することを呼びかけていた。中国以外の核保有国がいやがる「限定された時間枠」という言葉を意識的に避けたもので、96年に出されたときは、上記の状況を変えるものと期待された。だが、マレーシア案は、いまではミャンマー案と直結したものと見られる傾向にあると、国連やCDの動きに詳しいレベッカ・ジョンソンはいう。

軍縮・安全保障問題担当の国連総会第一委員会に提出すべく新アジェンダ連合が昨年用意した決議案の中で大きな焦点となったのが先制不使用問題だった。10月20日段階の決議案では、「核兵器国に対し、核兵器を最初に使う国にはならないとの約束を核兵器国間で検討するなど、更なる中間的措置を検討するよう要請する」(主文第六段落)との文言が使われていた。新アジェンダ連合との交渉で日本はこれを削除するよう要求した。

11月に入って、カナダが積極的にアジェンダ連合の支援をしているとの情報が国連の動きに詳しいNGO関係者から、各国NGOに流れた。NATO諸国か日本のうち一国でも賛成票を投じる国が出れば一緒に賛成に回ってもいいとの意向だという。この情報を元に各国のNGOは自国の政府や議会への働きかけを強めた。これは新アジェンダ連合の外交官らによる各国政府への働きかけを側面から援助する役目を果たした。11月5日の最終案では、主文第六段落は、結局、「戦略的安定性を高めるための措置を含め更なる中間的措置を検討し、それに合わせて戦略ドクトリンを見直すよう核保有国に要請する」となった。これはNATOの間では、先制不使用策を含むものと理解される表現である。この変更の裏には、カナダの要請があったと新アジェンダ連合のある外交官が明かす。カナダは、先制不使用という言葉が入ったままでは、他のNATO加盟国を巻き込むのは無理との判断に達したようである。12日、アクスワージー外相は、ボンでフィッシャー外相と朝食を共にし、NATO諸国がこぞって棄権するという戦略について話し合った。

一方、核保有国は、決議案に反対票を投じるよう各国に強く働きかけていた。11月13日、新アジェンダ連合のスロベニアが米国の圧力で決議案の共同提出国から降りることになったとの情報が各国のNGOに入った。スロベニアはNATOへの加盟を望んでおり、弱い立場にあった。NGOは同様の圧力が各国にかけられていると見てそれに対抗するための活動を強めた。

11月13日の第一委員会での投票結果は、賛成97、反対19、棄権32だった。NATO16カ国(当時)のうちトルコを除く非核保有国すべて(12カ国)が、日本、オーストラリア、韓国などと共に棄権に回った。核問題に関する重要な決議で、NATO諸国がまとまって英米仏と異なる投票をするのは異例のことだった。中国(棄権)を除く核保有国四国と「疑惑国」三カ国(インド、パキスタン、イスラエル)は反対票を投じた。現実的で具体的な要求が組み入れられていたことが二つの種類の「核中毒者」らの反感を買ったとジョンソンは分析する。NATO入りが予定されていたハンガリー、ポーランド、スロバキア(3月12日正式加盟)は英米仏に忠誠を示して反対票を投じた。

12月4日の総会の投票結果は、賛成114、反対18、棄権38で、第一委員会の際と大差のないものとなった。欧州議会は、11月19日、欧州連合(EU)の加盟国に、新アジェンダ連合のイニシアチブを支持し、12月の国連総会での投票で賛成票を投じるよう呼びかける決議を採択したが、これは各国の投票に影響を及ぼさなかった。

カナダの大使は、第一委員会投票の後、棄権理由を、カナダの下院の外交・貿易常設委員会の核政策に関する報告書が出ておらず、その結論を先取りしたくなかったからだと説明した。報告書は、同委員会がアクスワージー外相の依頼で、2年に渡る審議の結果をまとめたものである。11月初め、カナダの新聞は、米国の外交官が委員会のメンバー全員に会って米国の核政策に反する勧告を出さないよう説得を試みていると報じた。

12月4日に公式発表された報告書は、政府に対し、「核兵器の政治的正当性・価値を下げる」ために努力することなど15項目の勧告を行っている。第15項は、同盟の戦略概念の現在の再検討が、「核の要素をも含むものになるように、カナダ政府がNATOの中で強力に主張すること」を勧告している。本文では、「NATOは、抑止政策を維持しながらも、通常兵器による攻撃(いずれにせよ極めてありそうにもないシナリオ)に対応するためには核兵器を使わないと宣言することによって」核兵器への依存を軽減していくことができると述べ先制不使用に直接触れており、全体として先制使用についての再検討を迫るものになっていると見てよい。安全保障や経済の面で米国との関係のきわめて強いカナダの議会がこのような報告を出したことの意義は大きい。

なぜ先制不使用宣言なのか

ここで先制不使用宣言の持つ意味について検討してみよう。

グレアム元米大統領特別代表は、冒頭で引用した文章の中で、核の政治的価値を低減するためにも、NATOは先制不使用政策をとるべきだと主張している。「核兵器を持っていることを示したから、インドはいまや大国になった」とのバジパイ首相(当時)の発言を引用して、「核兵器の政治的価値が低減されなければ、多くの国々にとって核保有を控えるのが難しくなるだろう」と警告する。

また、NATOの先制不使用宣言と密接な関係にあるものとして、米国の戦術核(核爆弾)のヨーロッパ配備の問題がある。かつてヨーロッパに大量に配備された米国の核兵器は、もともと旧ソ連からの進攻があれば即時かつ自動的にこれらの核が使われる態勢を維持することによって、米国(とその核戦力全体)がヨーロッパの戦争(及び安全保障)に関わることを保証する意味合いを持っていた。その後1967年12月に正式採用された柔軟反応戦略では、「あらゆる水準の侵略に対して、通常戦力及び核戦力による柔軟かつ均衡の取れた一連の適切な対応」をすると変更されたものの、先制使用の威嚇が重要な要素だった。先制不使用を宣言して、現在配備されている核爆弾を米国に撤退すれば、NATOの拡大に対するロシアの不安を和らげることにもなる。また、それによって7000発から2万8000発と推定されるロシアの戦術核の大幅削減を迫ることも可能になる。ヨーロッパ配備の核爆弾は、そもそも、非核兵器国への核の移譲を禁止しているNPTに矛盾するものである。米国は、「戦争開始の決定が下されるまで核兵器あるいは核兵器の管理の移譲はなく、戦争が始まってしまえば条約の効力はなくなるから」問題ないとの立場をとっているが、非同盟国の間にはこれを問題視する声が高まっている。

さらに、NATO及び米国の先制不使用宣言は、偶発戦争の防止にも役立つ。米国はいつでも短時間でミサイルを発射できる「警戒態勢」を維持している。ロシアも、米国の先制攻撃を想定して、米国のミサイルの発射を早期に探知し、ミサイルの到着前に報復用のミサイルを発射できる「警戒態勢」を維持している。だが、ロシアの早期警戒システムは信頼のおけないものになっている。1995年1月25日にノルウェー沖から発射された米国航空宇宙局(NASA)の探測ロケットがロシアで核ミサイルと間違えられて、エリツィン大統領が報復のミサイル発射ボタンを押す寸前までいくという事件が起きている。早期警戒態勢に絡んだコンピューターの2000年問題は、報復のつもりで核戦争が仕掛けられる危険性を高めている。ロシアでは2000年問題の対策が遅れており、西側は援助を始めていたが、ユーゴ爆撃に対する抗議措置として、ロシア国防省は、3月26日、この件での米国との協力を中止すると発表した。米国は、先制不使用宣言をし、短時間ではミサイルの発射ができないような措置をロシアに分かる形でとることによって、米国は、ロシアに警戒態勢の解除を促すことができる。それが米国の安全につながる。

日本と先制不使用

最後に先制不使用問題が日本にとって持つ意味について考えてみたい。前述のとおり、日本が新アジェンダ連合に加わらなかった主な理由の一つは、先制不使用に関する項目だった。日本がいつから先制使用のオプションをとり始めたかははっきりしない。1995年に決定された防衛計画の大綱には、「核兵器の脅威に対しては、核兵器のない世界を目指した現実的かつ着実な核軍縮の国際的努力の中で積極的な役割を果たしつつ、米国の核抑止力に依存するものとする」とあるだけである。福島瑞穂議員(社民党)の質問(今年二月)に対し、外務省は1975年8月6日の三木・フォード会談の日米共同新聞発表を先制使用のオプション支持の公式なものとして挙げている。その第四項に日米両首脳は、「米国の核抑止力は、日本の安全に対し重要な寄与を行うものであることを認識した。これに関連して、大統領は、総理大臣に対し核兵力であれ通常兵力であれ、日本への武力攻撃があった場合、米国は日本を防衛するという相互協力及び安全保障条約に基づく誓約を引き続き守る旨確言した。」とある。これだけでは、米国が先制使用のオプション維持を日本に約束したとはとれない。だが、政府は、82年6月25日の予算委員会において、この下りに関し、「核の抑止力がわが国に対する核攻撃に局限されるものではないという趣旨と私どもは理解しております」と述べている。これは密約の隠蔽の逆のケースで、政府は、約束があったというが、明確な約束そのものを提示しようとしない。

また、福島議員に対し、外務省は、日本の立場は、公式な発言としては上記の共同新聞発表からだが、考え方としては1952年の日米講和の時からあり、60年安保の時も、そうだったと答えている。そして「いまだに核などの大量破壊兵器を含む多大な軍事力が存在している現実の国際社会では、なんら検証方途のない先制不使用の考え方に依存して、わが国の安全保障に十全を期すことは困難であると考える」という。ところが、61年に国連総会が核兵器使用禁止宣言を採択した際、日本は賛成票を投じている。63年からは同様の決議に反対票を投じるようになったが、85年11月27日、西堀政弘前国連大使は、核不使用決議に「日本が妙な投票態度をとる」ことについて、「対米考慮ということがなければもっとすっきりとした投票態度がとれる」と述べている。これは米国の方針に無理に合わせて投票しているとするもので、米国の先制使用のオプション維持に日本の安全保障が依存するとの考えが日本の側に52年からあったとする主張と矛盾する。

これまでの議論で分かるとおり、核保有国が同盟国に提供する核の傘には二種類ある。ジュネーブ軍縮会議(CD)の元米国代表ジェームズ・レナードは、核兵器による攻撃を抑止するものを核の傘A、核兵器以外の攻撃を抑止するものを核の傘Bと呼ぶ。先制不使用宣言をしても核の傘Aは残る。中国やロシアが先制不使用の約束を守らなければ核報復がある。核抑止の論理に従えば核攻撃を防ぐにはこれで十分なはずである。確かに、新アジェンダ連合の宣言は、核保有国間で先制不使用について約束することを呼びかけている。だが、上述の通り、いま重要なのは、米国・NATOが率先して先制不使用宣言をすることである。核の傘Bに日本が固執するのは、核による報復を承知の上で中国やロシアに対し先に核攻撃をかけることを想定しているからだろうか。非公式には、外務省筋から、核の傘Bの対象として考えているのは朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)だという声が聞こえてくる。生物兵器や化学兵器による攻撃を核で抑止しようというのだろうか。

核兵器以外の兵器による攻撃に対して核の傘Bが必要だという考え方は、そのような兵器がなくなるまで、あるいは完全な平和が達成されるまで米国の核兵器がなくなっては困るということを意味する。ジョセフ・ゴールドブラット(ジュネーブ国際平和研究所副会長)は、「生物兵器や化学兵器の攻撃を避けるために核抑止が必要だという主張は、核兵器を永遠に持っておくための口実にすぎないと多くのものが見ている。なぜなら、少量の生物兵器や化学兵器の材料を作る能力は多くの国々が持っており、将来も持ち続けるだろうからである。」と述べている。そもそも、生物・化学兵器と、殺傷・破壊力のけた外れに大きな核兵器とをまとめて「大量破壊兵器」と呼ぶのがまやかしだろう。

さらに、核の傘Bがなければ「十全な安全が保障できない」との考えは、米国が先制不使用宣言をすれば日本の安全を保障するために独自核武装を考えなければならないとの発想につながりかねない。グレアムは、米国が先制不使用宣言をすると、自らの安全が保障されなくなったと感じた日独が核武装するのではとの懸念がワシントンにあり、それが米国の先制不使用宣言の障害になっていると述べている。米国科学アカデミー(NAS)の「国際安全保障・軍備管理委員会」が昨年出した報告書『米国の核兵器政策の将来』には、つぎのようにある。「日本に対する米国の安全の保障は、核不拡散の面で特に重要である。核兵器に対する日本の嫌悪の情は深いが、日本は明らかに核兵器を取得する技術的能力を有している。日本が核兵器を持てば、アジア太平洋地域をきわめて不安定にし、核不拡散体制にとって大きな打撃となる。しかしここでも、この地域における米日、米韓の通常戦力の強さからして、また、米国の核の脅威を北朝鮮が核兵器取得の口実にしていることからして、核の先制使用の威嚇は、この地域における米国及び同盟国の安全保障にとって不必要であり、また、逆効果をもたらす。」

また、核の傘Bを必要とする考えは、日本を含む非核地帯の設置についての根本的反対を意味する。核の傘Aだけが必要だということなら、非核地帯内部の国(たとえば日本と南北朝鮮)が核を放棄し、核保有国がこの地域に対する核の不使用を約束すればいい。だが、核以外の攻撃に対処するために核が必要ということなら、非核地帯はできない。

このように、先制不使用宣言は、一見、生温い、些末なもののようだが、実は、核兵器に関する考え方の根幹に関わるものである。核攻撃を抑止するためだけに核が必要だという立場に立つなら、少なくとも、核をどうしてなくしていくかという話し合いが可能となる。昨年の印パの核実験直後の5月31日、野中広務幹事長代理(当時)は、広島市内の講演で「被爆国として、核保有国に、『あなた方が核をなくした上で他国が核武装しないようにいいなさい』という勇気がなぜないのか」と述べている。また、梶山静六前官房長官は、六月二日の自民党総務会で、「保有国に核廃絶を説得できるのは日本だけだ」と述べている。この両人や「唯一の被爆国として核廃絶を願う」式の発言をする政治家が本心でそう考えているのなら、まず、米国の先制不使用宣言を支持するよう日本の政策を変えるべきである。そうでなければ、都合のいいときだけ「唯一の被爆国」の隠れ蓑を被って「究極的核廃絶」を唱えながら、実は核の永続を願っていると見られてもしかたあるまい。


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