日本は、米国が先には核を使わないとの先制不使用宣言をすることに反対して来ています。日本のこの核政策についての情報を日本の国内外に広め、議論を深めておかないと、「唯一の被爆国日本」という曖昧なイメージに基づいた議論が繰り返されることになります。また、米国の核の傘の下にある国々の反核運動の間での情報交換は効果的な運動を進める上で重要です。以下、日本の核政策の本質についての情報を広めようとする試みの成功と失敗について、オーストラリアを例にとって見てみましょう。
参考:
核禁条約、米国を恐れず「勇気」出して参加を ICAN事務局長─米国の先制不使用宣言に反対する日本が? 核情報 2024.03.24
「先制不使用支持を」と日本に呼び掛ける米専門家書簡と豪反核運動
2021年8月9日、米国の核問題専門家らが日本の政党党首に対し、米国の核政策に関する公開書簡を送りました。「米国が先制不使用宣言をすることに反対しないで」と求めるものです。書簡はまた、バイデン政権がそう宣言しても日本が核武装することはないと確約するよう要請しています。これまで米国が先制不使用宣言を検討する度に、「宣言をすると不安に感じた日本が核武装するかもしれない」というのが宣言放棄の理由に挙げられてきていたからです。
核情報では、この書簡についての共同通信の記事Ex-U.S. officials ask Japan leaders to accept no-first-use nuke plan(2021年8月9日)を海外の反核運動関係者に送って知らせました。同時に、同書簡に関する核情報の記事に載せてある英文の書簡及び背景説明(核情報による)も送付しました。日本の核政策について知ってもらうとともに、各国で米国の専門家らの書簡に呼応する運動が展開されることを願ってのことです。
オーストラリアでは素早い反応があり、ギャレス・エバンズ元外務大臣を含む核問題専門家らが同国政府に対して、米国の先制不使用宣言を支持するようにとの書簡(原文2021年8月12日付)を送りました。これは、米国の専門家らの書簡を受けて、日本の被爆者や核問題専門家らが公開書簡──米の先制不使用に反対しないで──を発表(2021年9月)する前のことです。
(参考:豪に核先制不使用への支持要請/米の新核政策で軍縮活動家ら 共同通信/四国新聞 2021/08/18)。
ICAN事務局長(元オーストラリア国際開発相)に届いていなかった日本の核政策の情報
しかし、残念ながら、日本の政策についての詳しい情報はまだまだ、広まっていないのが実情です。
先日の記事のイントロ部分で紹介したように、2024年1月に来日した核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のメリッサ・パーク事務局長にも日本の核政策の情報が伝わっていなかったようです。来日時の共同通信の記事『米国を恐れず核禁条約に参画を ICAN事務局長、被爆国に期待』(2024年1月23日)によると、事務局長は次のような理解を示したといいます。核禁止条約への参加を拒む日本政府は、「対米関係悪化を過度に恐れ『勇気とリーダーシップを欠いている』」と。事務局長の発言の裏には、「早期の核廃絶を願っているはずの日本が、米国の逆鱗に触れるのを恐れて言いたいことを言う『勇気』を持てないでいる」との「理解=誤解」があると推測されます。このことは、私たち日本の反核運動の側の課題としてとらえる必要があります。
ICAN事務局長の「理解」についての推測の根拠?
この推測は、果たして正しいのかとの疑問も上がっているようなので、ここでは、推測の根拠について説明を試みてみたいと思います。日本が核禁条約に参加を拒む実際の理由について要約した後、問題の共同通信の記事、その英語版での引用部分、そして、共同通信が配信した事務局長名の論考(「視標」)などから関連部分を抜粋して示すという形をとっています。
これらの抜粋ご覧いただければ明らかなように、ICAN事務局長の主張は、要約すると、次のようなものです。早期の核廃絶を願っているはずの日本が核廃絶向けた方向に断固として進むことができないのは、同盟関係にある[「核抑止」をお願いしている]米国との関係が悪化すること、米国に見限られること、つまりは「見捨てられる」ことを過度に恐れているからだ。」
ICAN事務局長だけではなく、日本の核政策について多くの国内外の人々が──反核運動関係者を含め?──このようなイメージを抱いているのは、不思議なNPT再検討会議関連報道─「唯一の被爆国による橋渡し」の幻想が招く思考停止? (核情報 2022. 9.28)で指摘したような報道姿勢も関係しているかもしれません。日本からの報道が広めている「広島出身の核問題をライフワークとする岸田首相」というイメージは、国際政治に相当詳しい外国人にも影響を与えているようです。
日本が核禁条約に参加を拒む実際の理由
先日の記事で述べた通り、核を先には使わないとの先制不使用宣言をすることに反対している日本が「核兵器禁止条約(TPNW)」(外務省暫定訳)に署名しないのは当然のことです。核兵器による攻撃だけでなく、生物・化学兵器及び大規模な通常兵器による攻撃に対しても核兵器で報復するオプションを米国が維持することを望んでいるのですから、核禁条約に参加しようとするはずがありません。参加拒否は、日本の核政策に基づくものであり、対米関係悪化を恐れているためではありません。
先制不使用放棄について日本が持つ<恐れ>との峻別を
なお先日の記事で触れた「[米国が]先制不使用を約束してしまった場合、核の抑止力の効果がかなり薄れてしまう」との<恐れ>についての外務省担当者(軍備管理軍縮課首席事務官)の発言(1998年8月5日)と、見捨てられる<恐れ>とは、峻別しなければなりません。首席事務官が言及しているのは、「米国が気分を害して見捨てられること」についての<恐れ>ではありません。こちらは「核の抑止力」の中に、生物・化学兵器及び大規模な通常兵器による攻撃も核報復するぞとの威嚇も入れておいて欲しいと望む日本が抱いている<恐れ>です。米国の方針が先制不使用となった場合、これらの攻撃をどう抑止してくれるのかという<恐れ>、<不安>です。バイデン大統領やペリー元国防長官ら先制不使用推進派は、これらの攻撃は通常兵器で報復するぞとの威嚇で抑止できるものであり、その方が好ましいと判断します。彼らは、先制不使用を宣言したからと言って、日本の防衛を放棄することにはならないと説明しています(参考:茂木外相 米が先制不使用宣言だと日本の安全保障を保てない──岡田克也議員[元外相]核攻撃なら撃ち返すで十分では? (核情報 2021.5.10) )。
ポイントは、報復のための核攻撃ならいいのかどうかという話ではなく、日本が米による先制不使用宣言にさえ反対しているということです。 (バイデン政権は、「核態勢の見直し(NPR)」において先制不使用宣言をすることを最終的に断念(2022年3月28日、議会へ機密バージョン送付)。宣言について日本を含む同盟国の反対があると報じられていた。なお、オバマ政権末期の2016年9月には、米国が先制不使用宣言をすれば不安に感じた日本が核武装するかもしれないとしてケリー国務長官が宣言に反対したとニューヨーク・タイムズ(9月6日)が報じていた。)
参考
- III. 米国戦略における核兵器の役割
*米国防省の全訳(2023年1月)から抜粋 核情報 2023. 2.21
ICAN事務局長の具体的発言の検討──見捨てられる恐怖
以下、来日の際の事務局長の発言について抜粋して見ておきましょう。問題の共同通信の記事、その英語版での引用部分、そして、共同通信が配信した事務局長名の論考(「視標」)からです。(*)は核情報のコメントです。
共同通信日本語記事
米国を恐れず核禁条約に参画を ICAN事務局長、被爆国に期待(共同通信/福井新聞 2024年1月23日)
◎「核兵器禁止条約の発効から3年たっても参加を拒む日本政府について、対米関係悪化を過度に恐れ『勇気とリーダーシップを欠いている』と指摘。」
◎「米国と軍事的関係が深いフィリピンやニュージーランドも同条約を批准しており「日本がそうしても米国が見限ることはない」と断言、対米関係への影響を恐れる必要はないとして、早期の条約参加を促した。
(*日本が条約に参加しようとしないのは、同盟関係にある[「核抑止」をお願いしている]米国との関係が悪化すること、米国に見限られること、つまりは「見捨てられる」ことを過度に恐れているからだ」と事務局長が主張している解釈できる。)
上記共同記事の英語版にある発言の直接引用部分の抜粋
ICAN chief urges Japan to recognize nuke ban, not fear U.S. reaction(KYODO NEWS KYODO NEWS - Jan 22, 2024)
◎“It's silly to be frightened of the risk coming from what the Americans think about observing or joining the treaty."
粗訳:「締約国会議へのオブザーバー参加あるいは条約への参加について米国が考えることから来るリスクについて恐れるのはばかげている」 (*つまり、参加について米国が怒り、気分を害し、その結果、米国に見捨てられることを恐れるのはばかげている。)
◎"The U.S. is not going anywhere, it's not going to ditch its relationship with Japan if Japan observes or even joins the treaty," she said. "Japan of all states has an interest in this issue of nuclear weapons, having been bombed by the United States."
粗訳:「日本が締約国会議にオブザーバー参加したからといって、あるいは日本がたとえ条約に参加したとしても、米国は、どこにも行きはしない、日本との関係を捨てることはない。なんといっても、日本には米国から原爆攻撃を受けた国として、核兵器のこの問題に関する関心があるのだから。」(*つまり、日本が参加しても、米国に見捨てられはしない。見捨てられることを恐れるな。唯一の被爆国として、勇気を持て。)
共同通信配信のICAN事務局長論考から
視標 核兵器禁止条約 日本はオブザーバー参加を 欠落する勇気と指導力 核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)事務局長 メリッサ・パーク(共同通信/福井新聞 2024年1月30日)
◎「日本が締約国会議に『オブザーバー参加したい』と伝えれば、米国の回答はノーだろう。ただ、その上で実際に参加したとしても、米国はさほど気にしないはずだ。」(*つまり、日本がオブザーバー参加しても、米国が気分を害して、見捨てられることにはならない)
◎「もちろん日本が核兵器禁止条約に署名・批准しようとしたら、米国はそれを阻もうと激しい工作を展開するだろう。」(*仮定が間違っている。現状では、日本は生物・化学兵器及び大量の通常兵器による攻撃をも核報復の脅しで抑止して欲しいと米国にお願いしているのであるから、「核兵器禁止条約に署名・批准」しようとはしない。)
◎「それでも米国と軍事的関係が深いタイやフィリピン、ニュージーランドも禁止条約を批准している。オブザーバー参加しても、たとえ条約に加盟しても、米国が日本を見限ることはないのだ。(*つまり、たとえ日本が条約に参加しても、米国に見捨てられない。)
最後に
先日の記事の主眼は、米国による先制不使用宣言に反対する日本の核政策について議論を深める必要があると訴えることにあります。そのイントロ部分で取り上げたICAN事務局長の発言は、私たちの情報発信不足が、誤解に基づく的外れの勧告・主張を生み出すことについての注意喚起の意味で取り上げた一例にすぎません。野中広務・梶山静六両氏の発言もその文脈で取り上げました。以上の説明が今後の議論の参考になれば幸いです。