プルトニウム「部品」の寿命が約100年と判明し、不要となった核兵器用を処分?
英国がゴミとして処分すると決めた約120トンの民生用プルトニウムは元々核兵器用だったとする近藤駿介元原子力委員会委員長の珍説(6月3日衆議院特別委員会)の誤りについては、反原発新聞7月号の記事(核情報転載) でも取り上げたた。同記事では、英国での処分決定に至る軍事用及び民生用プルトニウム生産の時系列や日本の再処理委託との関係などに焦点を当てた。ここでは、近藤氏の主張の中でも、水爆の引き金となる原爆部分に使われるプルトニウムの「ピット(芯)」に言及した部分に焦点を当てる。ピットが100年程度は能力を維持すると米国で判断されたので、英国は抱えていた核兵器用120トンを処分することにしたというものだ。これは、ピットの寿命の議論の背景と時系列の両方において、間違っている。
ピットの寿命で決まるのは、ピット製造工場が必要かどうか
余分なプルトニウムの生産・保管が必要かどうかではない
ピット(球状で中空のプルトニウムからなる部品)が短期間で劣化してしまうと判断されれば、既存のピットのプルトニウムを精製して新しいピットを造ることになる。プルトニウムを新たに原子炉で生産する必要もないし、ピットと別にプルトニウムを保管しておく必要もない。寿命の議論が影響を与えるのは、ピット製造工場の建設の時期やその規模をどうするかという問題だ。
ピットの寿命推定はプルトニウム余剰宣言の12年後
米国で最後のプルトニウム生産炉の運転が中止されたのは、1988年のことだ。同年には核兵器の研究・製造に責任を持つエネルギー省の長官が「米国はプルトニウムであふれかえっている」と述べている。米国は、1994年に軍事用プルトニウム38トンと非兵器級すべて(合計52.5トン)を「余剰」と宣言し、2000年には、米ロ「プルトニウム管理・処分協定(PMDA)」において、それぞれ34トンの核兵器用プルトニウムを余剰として処分することに合意する(この時点では米側は、26トンを軽水炉の「プルトニウム・ウラン混酸化物(MOX)」燃料として燃やし、残りの8トンは 高レベル廃棄物と共に「固定化」する計画)。処分開始は2008年の予定だった(年間2トンを炉内照射)。
一方、米国政府の「科学者諮問グループ(JASON)」がほとんどの型のピットは製造から少なくとも100年は持つとの結論を出したのは、2006年のことだ。余剰プルトニウムについて宣言した1994年から12年後になって出されたピットの寿命の推定は、2000年に米ロで合意された余剰プルトニウムの処分計画とは何の関係もないことは言うまでもない。
英国の方は、前述の反原発新聞の記事で指摘した通り、1995年に、核兵器用プルトニウムの生産中止を発表している(保有量は約3トン)。民生用については、1998年に国際原子力機関(IAEA)に送った文書で、前年末現在約54トンと発表している。これがその後120トンにまで増大してしまったということだ。英国政府の諮問機関的役割を担う「王立協会」が、民生用プルトニウムを他の物質内に固定化し埋設処分することも検討すべきだと提言したのは、1998年のことだ。
これを見れば、近藤氏の主張が的外れのものであることは、明らかだろう。最近になってピットの寿命が大体100年以上と判断され、そのために、英国も核兵器用プルトニウムを「抱えている必要がない」として、処分にすることにしたというような話ではないのだ。
このような「誤解」に基づく近藤氏の結論──「海外で起こってることが日本にアプリカブル[当てはまる]かどうかについては ちょっと別の観点で考えなきゃならない」(つまり、英国の決定は日本とは関係ない)との主張)──が意味をなさないのは自明だ。原子力問題にまったく関わっていない人物が、だれにでも分かる荒唐無稽な主張をしたのなら、笑ってすますこともできる。だが、原子力分野での重鎮として様々な肩書を持つ同氏が国会で展開した「解説」だけに、「核兵器の話など自分にはよく分からないが、原子力問題の権威がいうのだから、正しいのだろう」と国会議員や国民が思ってしまうとなると、笑っていられない。[1]
また、前提となる事実関係の誤認を無視するとしても、近藤氏の結論は、日本が貴重な資源と主張しているプルトニウムを120トンもゴミとして地下に埋めるとの決断を英国がしたことを受けて、日本のプルトニウム政策も、直接処分を含め、柔軟性のあるものにしてはどうかという宮川伸議員の質問に答えるものとなっていない。英国はなぜ、プルトニウムを原子炉の燃料として使うのではなく、ゴミとして処分することにしたのか。英国の決断を教訓に日本はどうすべきか。国会内外での議論が必要だ。
資料編
以下、近藤駿介元原子力委員会委員長の国会での発言を確認したうえで、ピットの寿命に関する議論の背景を概観した後、冷戦終焉前後における米国での軍事用プルトニウム生産停止、余剰プルトニウム宣言などを巡る状況を年表形式で整理しておこう。
国会での近藤駿介元原子力委員会委員長の発言
以下に紹介するのは、衆議院原子力問題調査特別委員会(2025年6月3日)での宮川伸(立憲民主党)委員と近藤駿介アドバイザリー・ボード会員 (東海大学国際原子力研究所所長)のやり取りだ(この発言があったことについては、委員会の翌日に原子力資料情報室の松久保肇事務局長から教示頂いた。)
衆議院 原子力問題調査特別委員会 2025年6月3日 (*1:29:00~1:35:00 辺り)
○宮川委員
先生、ちょっと引き続きなんですけれども、もう一つ、この法律に関して、プルトニウムの問題があると思います。日本は46トン近い大量のプルトニウムを今持っているということですが、これもプルサーマルで使い切れるかどうかということで、いろいろな議論があると思います。
ですから、場合によっては、このプルトニウムもそのまま直接処分するというような道を、フレキシビリティー、柔軟性を持つべきではないかというような意見もありますが、その点はどう思われますでしょうか。
プルトニウムの処分に関しましては、御承知のように、米ソでSTART、核兵器削減交渉というのが行われまして、双方、保有核弾頭の数を減らすことについて合意し、その結果生ずるプルトニウムをどうするかということについて議論がなされ、そして、ロシアは高速炉にも使うし、どんどん使っていく、アメリカはプルサーマルで使うということを決めて、そのためにMOX工場を造り始めたんですが、それが建設がうまくいかなくて失敗して、やめちゃったということがございます。
問題は、それで、急いで言うと、アメリカの場合もやはり使い道がないなということになっているわけですが、もう一つの国はイギリスです。イギリスはなぜプルトニウムをあれだけ抱えていたかという問題ですが、問題は、核兵器の話を余りしたくないんですけれども、核兵器の弾頭、プルトニウムピットといいますが、これが劣化するわけですね。定期的に交換しなきゃならない。この劣化についてのデータをどこまで持っているかが、プルトニウムの扱いを決めるんですね。
これについては長い議論がありまして、最近に至って、ピットは百年ぐらいは能力を維持しているのかなということが、大体皆さんのコンセンサスになってきたんですね。それを受けて、イギリスでは、それならばもう自分たちは抱えている必要がないかなということで、判断をして処分した、そういう経緯がございます。
ですから、海外で起こっていることが日本に当てはまるかどうかについては、ちょっと別の観点で考えなきゃならない。日本として、したがって、プルトニウムをおっしゃるように使い切ることができないということになれば、それは処分も考えなきゃならないんですけれども、今の計画では、プルサーマルで一回は必ず使うということで、皆さん、電力会社の方がお考えですから、その意味では、まだそのことについて考える必要はないというふうに私は思っていますが、その先どうするかについては、これから議論がたくさんなされなきゃならないものだと思っております。
出典:衆議院 原子力問題調査特別委員会(2025年6月3日)議事録
*核情報コメント
「今の計画では、プルサーマルで一回は必ず使うということで、皆さん、電力会社の方がお考えですから」と近藤元委員長は述べているが、元々、政府は電力会社に再処理を義務付けていたとの判断を原子力委員会は示している。この事実とそれについての近藤委員長(当時)の見解については以下を参照。原子力委員会による「再処理義務」の確認及び無理のある近藤駿介原子力委員会委員長の論法(核情報 2012. 2. 16)
ピット寿命問題の焦点は、ピット製造工場の必要性
新しいピットは古いピットから製造
ピットの寿命が尽きると判断されれば、既存のピットのプルトニウムで新しいピットを造ることになる。核兵器研究と製造に携わる「ロスアラモス国立研究所(LANL)の文書(2021年12月13日)(英文)は、 「ロスアラモスは、古いピットから使用可能なプルトニウムを回収し、新しいピットを作る予定だ…1つの新しいピットを造るには、複数の古いピットから回収したプルトニウムが必要となる。」と述べている。既存のピットのプルトニウムを精製して新しいピットを造るということだ。
同文書にある下の図は、解体した核兵器から取り出したピットから新しいピットを造る流れを示している。解体核兵器のピットを保管しているテキサス州のパンテックス(Patex)核兵器解体・組み立て工場から古いピットをロスアラモスに運び、ロスアラモスで様々な過程を経て完成した新しいピットをパンテックス工場に送る、というものだ。パンテックス工場には、約2万個のピットが保管されている(これには、軍事用に余剰と宣言されたプルトニウムからなるものと、軍事用備蓄とされているものの両方がある)。
必要なのは、ピット以外の形のプトニウムを保管しておくことでも、新たなプルトニウムの生産でもなく、ピットの製造能力の方だ。
工業規模のピット生産工場は1989年に閉鎖
1989年にコロラド州のロッキーフラッツで運転されていた工業規模のピット製造工場が、安全性・環境両面の理由で運転中止に追いやられた(1992年に公式に閉鎖)。これで米国は唯一の工業規模のピット製造能力(年間数百個)を失った。研究所規模のものとして残ったのが「ロスアラモス国立研究所(LANL)」の施設だ(同施設は、2007年から2011年に少数のピットを製造した)。
このため、エネルギー省の中の核兵器部門「国家核安全保障局(NNSA)」では、現在、ピットの製造能力を2030年までに年間80個にすることを計画している。「ロスアラモス国立研究所(LANL)」で 2026年まで30個/年、サウスカロライナ州の「サバンナリバー核施設(SRS)」 で2030年までに50個/年というものだ。
なお、SRSでの計画は、近藤氏が言及した「失敗して、やめちゃった」MOX工場をピット工場に改造しようというものだ。
*2003年当時の計画については、次を参照。ピット製造工場建設計画 核情報 2003.8
2006年JASON報告──ピットの寿命は、大体100年以上と
米国政府の「科学者諮問グループJASON」が、2006年11月28日に、ほとんどの型のピットは製造から少なくとも100年は持つとする「報告書(公開版)」 (英文)を発表した。二つの核兵器研究所──「ローレンス・リバモア国立研究所(LLNL)」及び「ロスアラモス国立研究所(LANL)」──の報告を分析したものだ(2007年1月公開のコピー・検索可能バージョンはこちら)。
現存のピットは1978年から1989年に製造されたものだ。40年から50年前だから、あと、50年は大丈夫ということだ。[2]
JASONの報告書発表の6年後の2012年には、「ローレンス・リバモア国立研究所(LLNL)」が、製造から150年は問題ないとの報告書を出している。向こう100年は大丈夫だということだ。
ただし、JASONは、2019年の書簡式報告書の中で、次のように述べてピット製造の再開を求めている。
「我々は、プルトニウムの経年劣化が保有核にもたらす潜在的なリスクを軽減するため、プルトニウムの経年劣化を理解するための重点プログラムと並行して、ピット製造を可能な限り迅速に再開することを強く求める。
議論は続いており、NGOの専門家らによると、ピットの寿命問題に関するJASONの新しい報告書が2025年11月初めに出る予定だという。
時系列整理
以下の年表は、実際の時系列は、近藤氏の解説が示唆する経緯とは異なっていることを示している。実際は、冷戦終焉前後の一連の流れの中で余剰プルトニウムを処分することが決まった後に、ピットの寿命推定報告が出るという流れだ。なお、米国は、1970年代のカーター政権での再処理政策見直し、レーガン政権下での電力業界の再処理放棄(経済性が理由)のため、民生用再処理はこれまでほとんど行われていない。[3]
米国の余剰プルトニウム問題略年表
1988年2月16日 N炉をコールドスタンバイ(炉心を抜いた)状態に置くと発表
1988年2月23日 エネルギー省ジョン・へリントン長官、「米国はプルトニウムであふれかえっている。」(N炉を半永久閉鎖にしても大丈夫との意味)
1988年8月 米国最後の軍事用プルトニウム生産炉P炉(サバンナ・リバー核施設)が運転停止
1989年 唯一の工業規模のピット製造工場(コロラド州のロッキーフラッツ工場)が運転中止(安全性・環境両面の理由で)
1991年 第一次戦略兵器削減条約(STARTⅠ)締結 ブッシュ(父)大統領とゴルバチョフ大統領が署名。配備戦略核を7年間で1万発以上から約6000発にすることを規定(2001年12月5日削減終了)。
1992年7月14日 ブッシュ(父)大統領、軍事用プルトニウム製造は再開されないと公式に宣言[4]
1994年 軍事用プルトニウム38トンと非兵器級すべて(合計52.5トン)を「余剰」と宣言(2007年にさらに9トンを余剰と宣言し、合計は61.5トンに。)
同年 米科学アカデミーの報告書『余剰核兵器プルトニウムの管理と処分(1994年)』 (英文)が米ロの解体核のプルトニウムの流用を「今そこにある危機」と呼ぶ。
2000年 「プルトニウム管理・処分協定(PMDA)」で米ロそれぞれ34トンを余剰として処分することに合意。処分開始2008年 年間照射量2トン (米 26トンを軽水炉のMOX燃料として、8トンを高レベル廃棄物と共に「固定化」
2002年 米 34トンをすべてMOX燃料とする計画に変更
2006年 JASON報告書、大部分のピットは製造から少なくとも100年は持つと
2007年 米 MOX燃料製造(MFFF)建設開始(サバンナ・リバー核施設)
2010年 PMDA 改訂により、米の軍事用34トンをすべて軽水炉用のMOX燃料にすることに合意。
2019年 サバンナ・リバー施設で建設中だったMOX燃料工場が、工事の遅れと建設費高騰で建設中止確定。余剰プルトニウムは、特殊な化学物質と混ぜ、分離が難しい状態にして地下処分する(「希釈・処分(D&D)」方式とする)と決定。場所は、ニュー・メキシコ州の地下処分場(「廃棄物隔離パイロット・プラント(WIPP)」)に。
2025年5月23日 トランプの大統領令により、WIPPでのD&D処分計画を中止し、余剰プルトニウムは、「先進原子力技術の燃料製造に利用できる形で産業界に提供」することに。[5] 電力会社が欲しがっているわけではない。
2023年現在の「廃棄物隔離パイロット・プラント(WIPP)」の計画
エネルギー省「国家核安全保障局(NNSA))の2023年の文書にある下の図は、余剰と宣言されている61.5トンのうち、「WIPPに送られたもの、WIPP行きが計画・提案されているもの」の合計が44.3トンであることを示している。このうちの34トン(濃い色で表示)にはピット中のプルトニウムも含まれている。この他に、左から3番めのピット中の7.1トンがあるが、こちらは処分方法が未定となっている。
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近藤駿介元委員長肩書
原子力問題調査特別委員会アドバイザリー・ボード会員、元東京大学原子力研究総合センター長、前原子力発電環境整備機構(NUMO)(=地層処分実施事業体)理事長、使用済燃料再処理・廃炉推進機構(再処理主体:料金徴取して日本原燃に委託)運営委員、東海大学国際原子力研究所所長 ↩︎ -
次を参照「憂慮する科学者同(UCS)の報告書Plutonium Pit Productionの序文(フランク・フォンヒッペルと故リチャード・ガーウィンによる) ↩︎
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米国の民生用再処理は、ニューヨーク州バッファロー市の「ウエストバレー工場(WVRP)」で1966年~1972年に実施されただけで、その分離量は2トン弱。大半が原子力委員会の平和利用計画で使われた。サバンナリバー施設に隣接して建設された大型のバーンウェル工場は、カーター政権の核不拡散計画で凍結された後、運転に至らないままレーガン政権下の1983年に、経済性の見通しが立たないため運転断念となった(レーガン政権は、再処理を禁止しなかったが、再処理に資金援助をすることも拒否)。 ↩︎
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ニューヨーク・タイムズ紙 1992年7月14日)
Michael R. Gordon, It's Official: U.S. Stops Making Material for Nuclear Warheads, New York Times, July 14, 1992 ↩︎ -
REINVIGORATING THE NUCLEAR INDUSTRIAL BASE, Executive Orders, White House, May 23, 2025 ↩︎
Sec. 3.
(c) エネルギー省長官は、サウス・カロライナ州に対するエネルギー省の法的義務に関するものを除き、余剰プルトニウムの希釈・処分プログラムを停止するものとする。このプログラムの代えて、エネルギー長官は、余剰プルトニウムを、先進原子力技術の燃料製造に利用できる形にして産業界に提供する、という方式で処分するプログラムを設立するものとする。(核情報訳)次も参照
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原子力基盤の活性化図る大統領令発表, JETRO, 2025年5月28日.
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冷戦時代の余剰プルトニウムを原発燃料に、トランプ米大統領が計画, ニューズウィーク日本版(ロイター), 2025年08月23日.
非営利の科学者団体「憂慮する科学者同盟」の物理学者エドウィン・ライマン氏は「この物質を原子炉燃料に変換しようとするのは狂気の沙汰だ。悲惨なMOX燃料計画の二の舞になる」と指摘。「より安全で、より確実で、はるかに安価なWIPPで希釈して直接処分する計画を堅持すべきだ」とした。
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