対立の時代の終わりを生き延びる核兵器
冷戦が終わってから十数年がたった今、米ロの核対立は終わったのでしょうか。6月1日に発効した戦略攻撃兵器削減条約(モスクワ条約)によって、1990年にそれぞれ約1万発ずつだった両国の戦略核の数は、2012年には1,700〜2,200発に削減されることになっています。昨年5月24日の条約調印に当たって、この条約は「長い対立の時代に終止符を打ち、まったく新しい関係を切り開いた」とブッシュ大統領は宣言しました。しかし、米ロ両国間の関係の改善にも関わらず、米ロの偶発的核戦争の危険性は、この10年間で拡大していると、米国の政府系のシンクタンクのランド研究所が、5月21日に発表した報告書で警告しています。報告書は、6月にサンクトペテルブルグで行われた米ロサミットに先だって発表されました。米国の大統領が本気になって問題解決に取り組む以外事態の改善の道はないと大統領に呼びかけるためです。
保守的シンクタンクの警告
『核の陰の向こうへ:核の安全性と米ロ関係の改善ための段階的アプローチ』(223ページ)[原文へのリンク]という報告を発表したランド研究所は、第二次大戦後まもなく米国空軍が設立したシンクタンクで、現在でも、軍部の委託を受けた研究を行うことで知られています。研究を委託した「核脅威イニシアチブ(NTI)」は、2001年にCNNの創設者のテッド・ターナーと保守中道的な元民主党上院議員サム・ナンが設立した団体です。冷戦後の偶発的核戦争の危険性の増大については、これまでも議論されていますが、国防省のシンクタンクとして知られるランド研究所が事態の深刻さを、サンクトペテルスブルクでの米ロ・サミットの直前に指摘したことの意味は大きいでしょう。
偶発的核戦争のシナリオ
報告書が偶発的核戦争のシナリオとして挙げているのは次の三つです。
- 1)「ならず者」司令官あるいはテロリストが意図的にミサイルを発射する。
- 2)訓練中の事故やシステムの故障で間違ってミサイルが発射されてしまう。
- 3)攻撃を受けていると勘違いをした側が、「反撃」を命令してしまう。
根本にあるのは、敵がミサイルのサイロに対して先制攻撃を掛けてくるかもしれないという前提です。敵のミサイルが到着する前に、自分のミサイルを発射しなければ、みんな破壊されて報復できなくなるとの考えです。
米国「防衛情報センター(CDI)」のブルース・ブレア(元戦略空軍ミサイル発射要員)は、米国の戦略核の内、約2200発が高い警戒態勢(アラート)状態に置かれていると指摘しています。陸上配備の大陸間弾道ミサイル全体の98%が2分で、四隻の潜水艦のミサイルが15分で発射できる状態にあるというのです。ミサイルの到着に要する時間は大陸間弾道弾だと(約一万キロメートルを飛ぶのに)約30分。ロシアの近くに位置する潜水艦のミサイルの場合は10〜15分。ロシアは、敵のミサイルが到着して爆発するのを確認して反撃を加えるのではなく、敵のミサイル発射の警報が入ったら自国のミサイルを発射する「警報発射」の態勢にあると見られています。警報が正しいかどうかを判断する時間はほとんどありません。
弱体化するロシアがもたらす危険
事態を悪くしているのが、ロシアの経済・社会状態だと報告書は指摘しています。潜水艦や移動式の陸上発射システムに積んだミサイルは、敵の攻撃から逃れやすいが、潜水艦の数は大幅に減少し、残ったものもほとんどが港におかれたままだし、移動している陸上発射システムはほとんどないといった状態になっている。おまけに、ロシアの原潜は、港を出たとたんに米国の攻撃型原潜(核兵器は搭載していない)につきまとわれている。つまり、「警報発射」をしなければという恐怖心が高まっている。
ロシアの早期警戒用の人工衛星は、もともと、米国のミサイル発射を真上から見張る能力を持っていません。発射後しばらくして、冷たい宇宙空間を背景に上昇してくるミサイルを察知するシステムとなっている。それだけ判断に残された時間が短くなる。この限定的システムも老朽化してきている。(米国のミサイルを見張る早期警戒用衛星を米国が打ち上げてロシアに提供してはどうかという提案さえある)。また、経済力の低下による通常兵器の弱体化が核への依存を高めている。社会システムの崩壊は、軍隊内の志気・規律に悪影響を与え、犯罪組織が力を増し、分離主義集団との関係を強めている、と報告書は言います。
偶発的核戦争の危険性は、もちろん、冷戦時代からありました。米国でも、コンピューターの誤信号に基づいて、あるいは訓練中のミスで、核攻撃を掛けられていると勘違いする状況に入ったことは何度もありました。冷戦も終わり、しかも、通常兵器と核兵器の両面で圧倒的な優位を米国側が獲得したにも関わらず、かえって米国がロシアから核攻撃を受ける危険性が高まっているというのが、新しい事態です。
現実に起きた非常事態
このことを思い知らせたのが、1995年1月25日に起きた出来事です。ノルウェー沖のアンドヤ島から発射された米国航空宇宙局(NASA)のオーロラ現象観測用の四段式ロケットが、自国を狙ったミサイルかも知れないとロシア側に認識されたのです。大統領にも事態が知らされ、核攻撃の命令を伝達するためのブリーフケースが史上初めて起動し始めました。判断の時間は数分しかありません。幸い謎の物体は、北に大きく外れて北海に落下することが判明し、ロシアからのミサイルの発射は免れることができました。(詳しくは、偶発的核戦争の防止 へ)次も同じような幸運に恵まれるでしょうか。
報告書は、偶発的核戦争の危険性を減らすために、下図のような措置を提案しています。主として、米国の一方的措置によって米国の安全保障を高める案です。
核兵器に支配される核政策
サム・ナン元上院議員は、5月21日のランド報告書の発表に当たって、次のように述べています。「今日、ブッシュ大統領とプーチン大統領は、それぞれ次のような問いを発してみなければならない。『われわれの兵器が、われわれの政策を定めているのだろうか。機械に支配されてしまっているのだろうか。』と」
(米国が実際に配備している核兵器が偶発的核戦争の可能性をいかに高めるものであるかについては、配備された核兵器と新型核、新しいピット生産施設建設計画などをご覧ください。(ピット=芯:水爆は、原爆の爆発のエネルギーを使って核融合反応を起こさせる二段階の仕組みになっています。ピットというのは、原爆部分の芯になるところで、プルトニウムからできています。)
6ヶ月−1年 | 2−3年 | 5−7年 |
米国が直ちにとるべき一方的措置
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米国による短期的一方的措置
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中期的措置
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以下を約束
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以下の点での協議の開始
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2000 → | 2006 → | 2010 |